11月29日(日)7時起床。好天。
ベリンダのところで魚をごちそうになる。おいしかったあ。ありがとう。昨日、夜釣りから帰ってきたベリンダにヒエルナはたたき起こされて、魚を煮たらしい。大変だったねえ。ココナッツミルク煮ではなくて、塩での煮付けに鳴ったところらへんに、彼女なりの反抗が見える。おかしいなあ。
食べ終えた魚の骨を焼いていると、良い香りがするんだけど、そのにおいを村の他の人たちが嗅ぐと、あそこの家はたくさん魚を食べたのに、うちにはくれなかったとタペラ(嫉妬の呪いを受ける)。嫉妬の対象になりかねない。ペラ(嫉妬の悪霊)がブーホロ(怒る)らしい。
チャーチエルダ―とディケンズなど8人がポキポキ(村の除草作業)。
ゲンタ、クレニ、デビット、グローシーとウナギを捕まえに行く。小さめだけどなかなかおいしそうなのが獲れた。すぐに捌く。すごい生命力でなかなか死なない。石蒸し焼きにする。いろんな技術があってとても面白い。子どもたちにそれが伝わっているのがうれしい。ありがとう。
暑い日が続く。でも海も穏やかで良いことだ。
マペッリがナタでステニーの足の指を斬りつけてしまう。どうも金曜日に喧嘩していたようだ。ステニーがジラトゴの葉っぱをマペッリにぶつけて、かぶれさせたりもしたのが原因らしい。
クレニのナタを掴んだマペッリが木に登って逃げようとするステニーを驚かせようとしたのか、少しは本当に切ろうとする気持ちがあったのか、指が3本かなり深く切られてしまった。
カオロが抱いて家に連れて行き、レリーシがチェチェウララハの葉っぱで止血する。みんなやさしいなあ。マペッリは、ロシーナに何でナタなんか使ったのだ、怒るのはわかるけど、殴るくらいで十分だといって強く怒られる。反省したのか、マペッリは家に閉じこもってしまう。
少し見に行くと、間違ったことをしたから誤りたいといって泣いている。そうだよねえ。残念ながら船でステニーはクリニックに行ってしまったので、間に合わなかったけど。キズを縫って何とかなったようだ。良かった良かった。
ベリンダやハローニから昔のお金や首飾りが無くなってしまった話を聞く。
ハローニは、たくさんカーロ(クジラの歯)をテマラロウナのゴバラ(洞窟)で見つけて、ワヌアババイレ(若者宿。今のワヌアタイリのところにあった)に置いていた。このころはまだあんまりこういうものが高く売れるようなことはなくて、あまり価値があるものとも思っていなかった。
1969年に大波があって、ブナの家(すでに死去)などが流されてしまったほか、波は水飲み場の大岩のところにまで達した。ワヌアババイレの中にも波が入ってきて、水浸しにした。
ペンピオは、20kgの米袋にいっぱいに入っていたカーロも流されてしまった、とハローニに言ったが、どうもヤンディナのリバーパシフィックのオーナーなどに売ったのではないかという疑いがある。この頃が売り始めだった。
ベリンダがまだ未婚の20代前半の頃(1980年代初め)に、ホーペ(聖域)に安置されていたたくさんのティネーテやホカタ、カート、エレゲEregeなどの首飾りを盗んで、ヤンディナで売った。ホーぺを売るようになったのはこの頃のようだ。ティネーテは4SID、カートは40SIDだった。ティネーテは黄色みを帯びたやつを選んで買っていた。
ベリンダが子どもの頃は、ホーペにいくらでも古いものがあった。リバーパシフィックのオーナーは、たくさん集めていたが、だいぶ年がたってから政府が個人的な国外への持ち出しを禁じるようになり、収集したものもみな政府に取られてしまった。
外国人旅行者などが来始めると、古いものを買いたがる人もいて、オベッティなどはホーぺを掘り起こしていろんなものを売ってしまった。1980年代の終わりから90年代にかけてか。その後も今に至るまで、売られ続けている。ドニかトニーは、ヒラマイニにあったキンボ(石像)をホニアラの博物館に売り、これは今でも博物館にあるらしい。
ある外国人はトニージャマコロに、ドイツの博物館にソロモンのホーペや古いお金がたくさんあり、ここの次に古いお金があるのはビチェだと伝えたようだ。
古いインダカマーリヴィ(石斧)は、インダカパラータタ(雷石)と言われていて、パラータタ(雷)の中にある石だと伝えられてきた。それは違うだろうけど、ひょっとすると雷を呼びやすい石なのかもしれない。伝導性が高いとか。
カーロはベリンダも10コほど持っている。
1月中にはココヤシ売りがあったものの、それ以降は天候不順で10月までずっと売ることができず。それで、天日干しではない乾燥機を買いたいという希望もあるようだ。
プロジェクトによって余裕が生じているとのこと。ここでいう余裕とは何なのかなあ。
雇用労働という部分だけではなくて、相互扶助でも良いよ、という精神的な金銭的な余裕かな。焼畑に行かなくても食べ物が買えるというのも大きいだろうなあ。でも焼畑は薮になっちゃうんだよなあ。
何でも雇用では無くって相互扶助も頼れるというのも余裕とか幸せに繋がるよなあ。ただ雇用労働として拘束されている時間があるから、いつでも相互扶助というのではなくて、誰かに頼まれて相互扶助という感じの時があるようだ。何となくぶらっと相互扶助というのもまだまだあるけど。
子どもがお小遣いをもらったり自分でお金を得ることでお菓子などを自分で自由に買えるようになったのも大きな余裕だなあ。
ただ大きな余裕というよりも一時的な余裕の連続という感じなのかな。自分たちでは大きなお金を貯められないというのはその一側面だ。だから学費の負担は難しいのかも。外部に依存したいという気持ちも強い。
新しいビジネスを始める子どもたちというのも余裕というか、新たな変化だなあ。メレイナやケティナの麺、ケンボルの石鹸など販売、ジニオロやカリアンディ、アーロンの電池やタバコ売り、クレニのビコホ買い取り、フォロコーニの小麦粉、このあたりかなあ。
ただその一方で、村で安く買ったものを村で高く転売するステラの事例がある。こういう動きはすぐばれて、みんなの反感を買う。
ボイラーがガソリンを負担してみんなで共同漁労というのも余裕かなあ。でも分配は参加者のみだけど。これを村全体にまで広げるというのができるといいなあ。
サトウキビを搾って飲むと肝臓の病気によいらしく、その薬をメリプライスのみが知っていて、ジェナに試している。
ダイロがハローニのためのトーカソーランベテ(製材加工の手伝い)。
そのお返しもあるのか、モンジョ・ムーラン・カリアンディ・ディック・クエリントン・グライアムがダイロたちの製材運びの手伝い。
ハーフマライタ・ボボエでEUのプロジェクトで働いているフェローのチェックで、とりあえず4000SIDの使途不明金があることがわかった。これは2枚のチェックに関わるものなのかな。
なぜケンボルがサインをしたのかと怒られたが、お金の管理はボイラーがやっていて、内容などを伝えられないこと、金額が書かれないままサインを求め得られたので信用してサインした、金額はあとでボイラーが書き込んでいた、とボイラーへの不満を含めて伝える。
今回は見逃すけど、こういう使途不明金はフェロー自身が着服を疑われかねないし、問題になってプロジェクトが無くなると、これまで支払われた賃金などを回収することもあると強く怒られて、ボイラーはちょっと元気がないようだ。ジョヘニやフェロール、ケンボルも呼ばれている。
4万SIDがなくなったといううわさ話も流れているようだけど、そもそもこの話し合いのこと自体を知らない村人もいる。その内容も。プロジェクトはいつもややこしい問題を引き起こす。外部者の自己満足ばかりが目立つようにも思う。
まあ、外部者はそのうちどこかにいってしまうから、また村の落ち着いた暮らしに戻るのかな。
11月30日(月)6時半起床。好天。海も穏やかだ。
ジオたちと今日の計画を練る。遠くの川でたくさんウナギを石蒸しにしようという案もあがったけど、遠いと言うことで却下。クスクスを近くで捕まえてこれを石蒸しにしようとも話したけど、手っ取り早く手に入りそうなところが思いつかず却下。そうこうしているうちに、ベカベカにボートで行く人たちがいることがわかり、僕はメール打ちに行くことになった。ちょっと残念かな。まあまた今度。
ボイラーは、書類のサインなどでベカベカに行くことになったのだ。ハローニたちも一緒だ。何となくボイラーの元気がないように見える。お金の管理のずさんさがみんなにばれたからかな。ケンボルあたりに詳細を確認しよう。
月がきれいな夜だ。みんな夜釣りやギター、アホ話をしている。楽しい時間だなあ。みんなが名残を惜しんでくれる。うれしいなあ。フォロコーニが服の販売の仲介をしている。ラッセルあたりから頼まれているらしい。でもあっと言う間に売れてしまったようだ。
いろんな付き合い方があって、日本人としての小ぎれいな倫理観とかで鎧をかぶると何も理解できなくなる。カスタムに従えばいい。みんなの当たり前を分けてもらえばいい。